リブリーノ新都市計画 カターニャ市 イタリア 1970〜 :設計 丹下健三アソシエイツ
Interview with habitants at Librino from the TV program "Il Dito" Librino e il problema casa 14 Jan. 2005リブリーノ新都市計画は、シチリア島、第二の都市・カターニャ市の依頼により、1970年から72年にかけて丹下健三氏によってデザインされた。 6万人の住居者のための公共住宅、学校、緑地計画、病院、新しい大学施設、 市の中央と住宅地を結ぶ循環道路、鉄道、バスの整備等、当時のイタリアでも最大規模の郊外住宅地区の都市計画であったが、建設工事はしばしば中断され、現在も多くの建物が未完のまま放置されている。
1976年、市は遅れていた建設予算の認可を経て工事に着手するものの、79年にはいくつかの集合住宅案が当初の計画から取り除かれることとなった。 89年には、水道施設や幹線道路を除いて、ほとんどの建造物が完成したが、当初の計画にあった学校建設は一校のみに止まり、病院、大学等の施設は現在に到 るまで建設されていない。 当初、丹下がそのデザイン・コンセプトとして強調し、地区全体をひとつの理想的なコミュニティーとしてつなぐはずであった植樹計画も、労働組合の所有する 集合住宅のみが承認を受け、他の集合住宅との境界を街路樹とフェンスによって隔てるという当初のデザインとは異なるかたちで、実現しているのみである。
また、80年代を通じて、カターニャ市街地ではマフィアの抗争が激化、毎年、約100人の殺人事件が起きている。リブリーノ地区は、こうした組織犯罪による市内でも最も危険な地区と称されるようになっていった。 だが、こうした状況にもかかわらず、この時期、地区の居住者人口は約4万人にまで増大している。
一方、地元の富裕層や経営者層に所有される多くの歴史的建造物が残されている市の中心区では、 近年、一部の放置された古い建物などが、中国、セイロン、北アフリカ等からの移民によって、しばしば不法占拠され、新しい移民層の居住区となっている。こ れら移民の多くは、小規模なマーケットを拡大しつつ、不法滞在者の斡旋、麻薬や売春などの違法行為を行いながら不安定な状況下で生活を続けている。
また、市の主要な発展はリブリーノ地区とは別の郊外区周辺で起きており、空港の拡張工事、相次ぐ新しいショッピングセンターの建設などに伴い、地元ではこれらの新しい郊外地区を、イタリア南部最大の商業施設と導くことが期待されている。 地域民の人口は市街地から郊外地区へと着々と移動しており、とりわけ失業者や低所得者層が住居を求めて、下水設備、エレベーターはもとより、ドアや窓すらないリブリーノの建物に不法占拠している。
現在、リブリーノ地区の人口は、約4万5千人の新しい居住者を含めて、約7万5千人までに増大しているが、建設工事の再開の目途は全くたっていない。CAST 日本語吹き替え ; 辻憲行, 原田真千子, 守章, 藤田真理子
A CANDY FACTORY PROJECT 2005